2012年9月29日

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第31回 ランチトーク
H24.9.29(土)
ゲスト  : 清水災害ボランティアネットワーク代表 大石 学さん
タイトル : 「48歳からレスキューライダーへ変身」

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「48歳からレスキューライダーへ変身!」という刺激的なタイトルで、清水災害ボランティアネットワーク代表を務められている大石学さんをお招きし、その「熱いボランティア人生」を語っていただきました。
今から12年前、当時48歳だった時、東海豪雨で被災した友人を訪ねて名古屋に行きました。人間の力をはるかに超える自然災害の爪あとを見て大きなショックを受け、「何かやらなければ!自分にもできることがあるはず」と思い、さっそく現地のボランティアセンターで手続きをして、被災したアパートの片付けを手伝いました。被災者から涙を流して感謝されたとき、「初めて感じた達成感」があったそうです。
それまで、災害救援やボランティア活動には縁もゆかりもなかった大石さんは、自宅に戻った後も「これからも何かしなくては…」とすでに清水にあった災害支援組織「清水レスキューサポートバイクネットワーク」の門をたたいたのです。レスキューバイクは、主に情報収集や救援物資の運搬、道路状況の確認など、初期段階の支援を行います。
その後も、2001年(平13)3月に中国地方で発生した芸予地震など、さまざまな自然災害の現場にバイクで駆けつけ、体当たりの支援活動を続けてこられたという武勇伝に参加者は、どんどん引き込まれていきました。

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この日の参加者は11人(男性10人、女性1人)。災害備蓄用の缶詰のパンと水もどり餅を試食しながら、トークは大いに盛り上がりました。


大石さんのモットーは「楽しくなければボランティアじゃない!」だそうです。活動開始の頃は、感謝されることを期待していたそうですが、それが間違いだと気付いてからは、「ボランティアは自分のため。自分が楽しいからやっている」と思うようになりました。
決して、平坦ではなかったはずの「清水災害ボランティアネットワーク」誕生までの経緯も明るく楽しそうに振り返る姿に、会場からは感嘆のため息が漏れました。現在、静岡市内には、災害時には「災害ボランティアセンター」として機能する施設が3カ所ありますが、当初からセンター設立の必要性を感じていた大石さんは、清水市社協(当時)にかけあって、清水災害ボランティアネットワークを立ち上げたそうです。ほとんど1人で市社協の担当者と直談判。引き受け手のなかった新団体の代表まで務めることに迷いはありませんでした。防災倉庫が必要なら自前でコンテナを買い、必要な工具や工作機械まで自腹でそろえてしまうバイタリティー。さらには、昨年の東日本大震災の時には、自らボランティアバスを仕立てて現地に赴く実行力に、全員が感動した午後のひとときとなりました。

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最後に大石さんが「災害用持出品」の一例を紹介してくださいました。災害発生時の状況をイメージして、どんな行動を取るべきか、持出品もどのようなものを用意しておくべきかを詳しく説明していただきました。